親が残した借金のほうが多そうだから相続放棄したい。でも部屋の片付けは待ったなし。相続放棄と遺品整理が重なると、この板挟みに悩むことになります。
先に結論をお伝えします。相続放棄を考えているなら、財産価値のある遺品の処分・売却・持ち帰りは、放棄が受理されるまで待つのが原則です。民法には、相続財産を処分すると相続を単純承認したものとみなすという定めがあり(第921条)、片付けの内容によっては放棄が認められなくなるおそれがあります。
ただし、何もできないわけではありません。借金と財産の調査は法律上も認められていますし、腐敗するごみの処理のように、問題ないと考えられている範囲もあります。この記事では、手を付けてよいもの・いけないものの線引きと、賃貸の退去期限が迫っているときの対応、形見分けの考え方まで、遺品整理の現場の視点で整理します。
なぜ「勝手に片付けてはいけない」のか
理由は民法の2つの条文にあります。
1つめは、相続放棄の期限です。相続放棄は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所に申述して行います(民法915条・938条)。この3か月は熟慮期間と呼ばれ、相続するか放棄するかを考えるための期間です。
2つめが、この記事の主役である法定単純承認です。民法921条は、相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは、単純承認(プラスもマイナスもすべて相続すること)をしたものとみなすと定めています。貴金属を売る、車を名義変更して使う、故人の預金を自分のために使う。こうした行為が「相続を受け入れた」と評価されると、あとから家庭裁判所に申述しても放棄が認められないおそれが出てきます。
しかも、この規定は放棄の前だけの話ではありません。同じ条文には、放棄をした後であっても、相続財産を隠したり、ひそかに消費したりしたときは単純承認とみなすという定めもあります(民法921条3号)。放棄が受理されたからもう自由に処分してよい、とはならない点に注意してください。
一方で、民法は、相続の承認や放棄をする前に相続財産を調査できることも明記しています(民法915条2項)。通帳や郵便物、督促状を確認して財産と借金の全体像をつかむことは、放棄を判断するために必要な作業であり、ためらう必要はありません。
相続放棄までの安全な進め方
遺品整理との関係を踏まえると、進め方は次の6ステップに整理できます。
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遺品には手を付けず、書類だけ確保する
財産価値のあるものの処分・売却・持ち帰りを止め、通帳・契約書・督促状などの書類を集めます。
同居の家族にも「処分は待つ」を共有しておきます。
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財産と借金を調べる
通帳・郵便物・ローン明細から全体像を把握します。調査は放棄の妨げになりません(民法915条2項)。
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相続放棄するか決める
プラスの財産とマイナスの財産を比べて判断します。期限は知った時から3か月です。
期限内に判断がつかないときは、家庭裁判所に期間の伸長を申し立てる方法があります。
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家庭裁判所に申述する
亡くなった方の最後の住所地の家庭裁判所に、申述書と戸籍などの書類を提出します。
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受理されたら、占有している遺品を保存する
手元にある(現に占有している)遺品は、引き渡すまで自分の財産と同じ注意で保存します(民法940条)。
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相続人か相続財産清算人へ引き渡す
次順位の相続人か、全員が放棄した場合は相続財産清算人に引き渡して、役割が終わります。
相続放棄の申述先は、亡くなった方の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。費用は申述人1人につき収入印紙800円分と連絡用の郵便切手で、書類は相続放棄の申述書のほか、亡くなった方の住民票除票(または戸籍附票)、申述する方の戸籍謄本などが必要になります。必要な戸籍は故人との関係によって変わるため、詳しくは裁判所のサイトや申述先の家庭裁判所で確認してください。
なお、亡くなってからだいぶ経って督促状が届き、初めて借金を知ったというケースでは、3か月の数え方(起算点)自体が問題になります。期限を過ぎたと自己判断で諦めず、弁護士や司法書士に相談してください。
捨ててよいもの・いけないものの線引き
相続放棄を考えている間の遺品は、大きく4つに分けて考えると迷いにくくなります。
手を付けないもの
現金・通帳・貴金属・美術品・ブランド品・車など財産価値のあるもの。処分・売却・持ち帰り・名義変更は待ちます。
保管して調べるもの
通帳・請求書・督促状・契約書などの書類。財産と借金の調査は認められています(民法915条2項)。
処理してよいと考えられる範囲
生ごみ・腐敗する食品など。現状を保つための最小限の処理は保存行為の範囲と考えられています。
判断に迷うもの
形見・写真・位牌・仏壇など。多くは引き取れると考えられていますが、価値のあるものは専門家に確認します。
民法921条には、処分をすると単純承認とみなすという原則の例外として、保存行為はこの限りでないという定めがあります。保存行為とは、財産の現状を維持するための行為を指します。腐敗する食品の処理や、雨漏りの応急修繕のようなものが典型です。
問題は、どこまでが保存行為かの線引きが、最終的には個別の判断になることです。品目ごとの考え方を一覧にまとめます。
| 品目 | 放棄を考えている間の扱い | 考え方 |
|---|---|---|
| 現金・通帳・印鑑・キャッシュカード | 手を付けず保管 | 相続財産そのもの。使えば処分と評価されるおそれ |
| 貴金属・美術品・高級時計・ブランド品 | 処分・売却・持ち帰りを避ける | 財産価値があり、単純承認とみなされるおそれ |
| 車・バイク | 名義変更・売却・使用を避ける | 財産価値がある。名義変更は処分と評価され得る |
| 請求書・督促状・契約書類 | 保管して調査に使う | 調査は認められている(民法915条2項) |
| 生ごみ・腐敗する食品 | 処理してよいと考えられている | 現状を保つための保存行為の範囲 |
| 明らかに価値のない生活用品 | 慎重に。迷ったら残す | 一般に問題ないと考えられているが、線引きは個別判断 |
| 写真・手紙・日記 | 保管・引き取りは通常問題ないと考えられている | 財産価値がないことが多い |
| 位牌・仏壇・遺影 | 引き取り可と考えられている | 祭祀財産は相続財産と別枠(民法897条) |
| 賃貸の解約書類 | 署名しない | 契約上の地位も相続財産。処分と評価されるおそれ |
「明らかに価値のない生活用品」の扱いには幅があります。使い古した衣類や日用品の処分は一般に問題ないと考えられていますが、骨董品や趣味の収集品のように、素人目には価値が分かりにくいものもあります。買取業者の査定を受けて価値を確かめること自体は処分にはあたらないと考えられていますが、そのまま売却すれば処分です。放棄を考えている間は「迷ったら捨てない・売らない」を原則にし、線引きに自信が持てないものは弁護士や司法書士に確認してください。相続する方針が固まったあとの売却の進め方(売り先の選び方・古物商許可の確認・査定の受け方)は、遺品整理の買取ガイドで解説しています。
形見分けと位牌・仏壇はどうする
四十九日の前後で親族が集まると、形見分けの話が出ます。相続放棄を考えている場合、ここにも注意が必要です。
写真や手紙、使い古した愛用品のように、財産価値のほとんどない品を近親者で分ける慣習的な範囲の形見分けは、相続財産の処分にあたらないと考えられています。思い出の品まで一切触れないと構える必要はありません。
一方、貴金属・美術品・高級時計・着物のように市場価値のあるものは、形見分けという名目でも、受け取れば相続財産の処分や持ち帰りと評価されるおそれがあります。親族から勧められても、放棄の判断が出るまでは受け取りを保留してください。断りにくい場面では「相続放棄を検討しているので、いまは受け取れない」と伝えるのが最も角の立たない答え方です。
位牌・仏壇・お墓については、心配しすぎなくて大丈夫です。これらは祭祀財産と呼ばれ、民法897条により、相続財産とは別の決まり(慣習や故人の指定)で受け継がれます。相続放棄をしても、位牌や仏壇を引き取って供養を続けること自体は放棄の妨げにならないと考えられています。ただし、金製の仏具のように財産価値の高いものが含まれる場合は線引きが難しくなるため、専門家に確認すると安心です。
賃貸に住んでいた場合:退去期限と大家対応
相続放棄と遺品整理の板挟みが最も厳しいのが、故人が賃貸住宅に住んでいたケースです。大家さんや管理会社からは「家賃がかかるので早く部屋を空けてほしい」と求められ、一方で民法上は家財(残置物)を勝手に処分できない。この間で立ち往生する方が少なくありません。
対応の軸は3つです。
1つめは、相続放棄を検討していることを早めに伝えることです。大家さん側も、相続人が決まらないまま無断で残置物を処分すればトラブルになることは理解しています。事情を伝えれば、多くの場合は手続きの見通しを共有したうえでの相談になります。連絡を絶って放置するのが、お互いにとって最も悪い展開です。
2つめは、急かされても自己判断で動かないことです。賃貸借契約における借主の地位も相続財産にあたるため、解約の書類に署名する、部屋の家財を搬出して処分する、敷金の精算に応じるといった行為は、相続財産の処分と評価されるおそれがあります。大家さんから解約書類やサインを求められたら、応じる前に弁護士・司法書士に確認してください。鍵の返却や家財の引き渡しのような一見小さな対応も、迷ったらその都度確認するのが安全です。
3つめは、家賃の支払いに注意することです。故人の預金から家賃を払うのは、相続財産の処分にあたるおそれがあるため避けてください。また、あなた自身が賃貸借契約の連帯保証人になっていた場合、保証人としての支払い義務は自分自身の債務なので、相続放棄をしてもなくなりません。この場合の対応は損得の計算が複雑になるため、専門家への相談を強くおすすめします。
放棄が受理された後の残置物は、次の順位の相続人か、全員が放棄した場合は相続財産清算人が引き取り先になります。放棄した人が大家さんに家財を引き渡してよいかは事情によって扱いが分かれ得るため、独断で渡さず、事前に専門家へ確認してください。なお、大家・管理会社の側から見た残置物の扱いは、残置物とは何かと残置物撤去の費用と「誰が払う」で解説しています。
相続放棄したあとの遺品:保存義務と「誰が片付けるか」
相続放棄が受理されると、その相続に関しては初めから相続人でなかったものとみなされます(民法939条)。相続権は次の順位の親族(子→父母などの直系尊属→兄弟姉妹の順)に移っていくため、放棄をしたら、次に相続人になる親族へ一報を入れておくと、督促状が突然届いて驚かせる事態を防げます。
では、残された遺品は誰が管理するのか。ここは2023年(令和5年)4月1日に施行された改正民法で、ルールが明確になったところです。
現在の民法940条は、相続放棄をした人が放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人または相続財産清算人に引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもってその財産を保存しなければならない、と定めています。ポイントは「現に占有しているとき」に限られることです。故人と同居していて家財が手元にある場合は保存義務を負いますが、遠方に住んでいて物件に出入りしておらず、鍵も管理していないような場合にまで、義務を負うわけではありません。
改正前の条文は、放棄によって相続人となった人が管理を始められるまで管理を継続する、という書き方でした。義務が生じる条件や内容があいまいなまま、放棄したのに過大な負担を求められるケースがあると指摘され、法務省の改正資料でも「管理義務の明確化」として見直しの理由に挙げられています。古い解説記事には改正前の説明のまま残っているものもあるため、いま調べるなら現行のルールで確認してください。
全員が相続放棄をして相続人がいなくなった場合は、利害関係人(大家さんや債権者など)の申立てにより、家庭裁判所が相続財産清算人を選任し、財産の清算を進める制度があります(民法951条・952条)。占有している遺品の保存義務は、相続人か清算人に引き渡した時点で終わります。誰に・いつ引き渡すかの段取りは事案ごとに異なるため、放棄の手続きを依頼した専門家にあわせて相談しておくとスムーズです。
実家が空き家として残るケースでは、占有していなければ法律上の保存義務はないものの、雑草や老朽化をめぐる近隣との関係など、事実上の悩みが残ることがあります。管理の負担をどうするかも含めて、相続財産清算人の申立てを検討する材料になります。
やってしまいがちなNGと、すでに手を付けてしまったとき
遺品整理の現場で見かける、相続放棄との関係で危ういパターンを挙げます。
- 放棄を決める前に、遺品整理業者に依頼して家財を一括処分してしまった
- 形見分けのつもりで、貴金属や高級時計を持ち帰った
- 故人の預金を葬儀費用や家賃の支払いに充ててしまった
- 車を自分名義に変更して使い始めた
- 賃貸の解約書類に署名し、敷金の精算まで済ませた
このうち葬儀費用をどこから支払うかは、金額や事情によって評価が分かれやすい論点です。放棄を考えているなら、葬儀費用は自分の財産から支払い、領収書を残しておくのが安全です。故人の預金から支払ってしまった場合は、その後の対応を専門家に確認してください。
すでに遺品の一部を処分してしまった場合でも、諦めるのはまだ早いことがあります。処分にあたるかどうかは、対象の財産価値や行為の内容・程度によって評価が分かれるためです。自己判断で「もう放棄できない」と結論を出したり、逆に「これくらい大丈夫」と片付けを続けたりせず、現状をそのままにして、できるだけ早く弁護士に相談してください。
遺品整理業者に頼むときの注意
相続放棄を考えている場合、遺品整理業者への依頼はタイミングと伝え方がすべてです。
作業の依頼は、放棄するかどうかの判断が出てからにしてください。判断前に依頼するなら、見積もりまでです。部屋を見てもらい見積もりを取って費用感を把握すること自体は、遺品の処分にはあたりません。賃貸の退去期限が気になるケースでも、先に見積もりだけ済ませておけば、放棄の判断が出た後すぐに動けます。ただし放棄した場合は、誰が作業を依頼するか、遺品をどこへ引き渡すかを、放棄の手続きを依頼した専門家に確認してから進めてください。間取りごとの費用の目安は遺品整理の費用相場で、おおよその概算は料金シミュレーターで確認できます。
依頼するときは、相続放棄を検討中である(または放棄した)ことを必ず業者に伝えてください。信頼できる業者であれば、処分してよいもの・残すものの線引きを書面で確認し、貴重品が出てきたときの扱いを決めてから作業に入ります。国民生活センターの発表によると、遺品整理サービスについて「処分しないようにと頼んだ物を勝手に処分された」という相談が、全国の消費生活センター等に寄せられています。通常の遺品整理でも困る事態ですが、相続放棄の場面では、勝手な処分が放棄の可否に関わる深刻な問題になりかねません。残す物のリストを書面で交わし、その場で契約を急かす業者を避ける。この基本を徹底してください。見積書の見方や業者の見極めは遺品整理業者選びのチェックリストにまとめています。
なお、遺品整理をいつから始めるかの一般的な考え方は遺品整理はいつから始めるかで、葬儀後の手続き全体の流れは葬儀後の手続き一覧で整理しています。相続放棄をしない場合の通常の進め方は、そちらを参照してください。
迷ったら、期限のあるうちに専門家へ
相続放棄には3か月という期限があり、遺品の扱い一つで結果が左右され得ます。次のような状況が1つでもあれば、遺品に手を付ける前に、弁護士または司法書士に相談してください。
- 借金の全体像がつかめない。督促状や見慣れない請求書が届いている
- 賃貸の大家さんから退去や解約への対応を迫られている
- 親族から形見分けや家財の処分を急かされている
- 3か月の期限が近い。または過ぎてから借金を知った
- すでに遺品の一部を処分・持ち帰りしてしまった
弁護士・司法書士の探し方が分からない場合は、法テラスや自治体の無料法律相談も入り口になります。この記事は一般的な考え方を整理したもので、個別の事情によって結論は変わります。あなたのケースでどうなるかは、必ず専門家に確認してください。
まとめ
- 相続放棄を考えているなら、財産価値のある遺品の処分・売却・持ち帰りは受理まで待つのが原則です。処分すると単純承認とみなされ、放棄が認められなくなるおそれがあります(民法921条)。放棄後の隠匿・消費も同様です。
- 財産と借金の調査は認められています(民法915条2項)。書類を確保し、全体像をつかんでから判断してください。期限は知った時から3か月で、家庭裁判所への伸長申立てや、起算点の考え方で救済され得るケースもあります。
- 腐敗するごみの処理は保存行為の範囲と考えられていますが、「価値がなさそう」の自己判断は危険です。迷ったら捨てない・売らないを原則にしてください。
- 形見分けは、財産価値のほとんどない品の慣習的な範囲にとどめます。位牌・仏壇は祭祀財産(民法897条)で、引き取りは放棄の妨げにならないと考えられています。
- 賃貸では、放棄検討中であることを大家さんに早めに伝え、解約書類への署名や家財の搬出は専門家に確認してから動きます。連帯保証人の義務は放棄では消えません。
- 放棄後は、現に占有している遺品に限り、相続人か相続財産清算人へ引き渡すまで保存義務があります(民法940条・2023年4月施行の改正で明確化)。
- 業者への作業依頼は判断が出てから。見積もりで費用感を先に把握し、放棄検討中であることを必ず伝えてください。
