親が残した借金のほうが多そうだから相続放棄したい。でも部屋の片付けは待ったなし。相続放棄と遺品整理が重なると、この板挟みに悩むことになります。
先に結論をお伝えします。相続放棄を考えているなら、財産価値のある遺品の処分・売却・持ち帰りはしないでください。
放棄すると決めた場合、受理された後も自分で処分できるようにはなりません。遺品の引渡し先は、次の順位の相続人か相続財産清算人になります。
そして放棄の時にその遺品を現に占有していた場合に限り、引き渡すまで保存する義務を負います(民法940条)。「待てば自由にできる」ではなく、放棄するなら自分では処分しないが正確な理解です。
民法には、相続財産を処分すると相続を単純承認したものとみなすという定めがあります(第921条)。片付けの内容によっては、放棄が認められなくなるおそれがあります。
ただし、何もできないわけではありません。借金と財産の調査は法律上も認められていますし、腐敗するごみの処理のように、問題ないと考えられている範囲もあります。
この記事では、手を付けてよいもの・いけないものの線引きと、賃貸の退去期限が迫っているときの対応、形見分けの考え方までを、遺品整理の現場の視点で整理します。
なぜ「勝手に片付けてはいけない」のか
理由は民法の2つの条文にあります。
1つめは、相続放棄の期限です。相続放棄は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所に申述して行います(民法915条・938条)。この3か月は熟慮期間と呼ばれ、相続するか放棄するかを考えるための期間です。
2つめが、この記事の主役である法定単純承認です。
民法921条は、相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは、単純承認をしたものとみなすと定めています。単純承認とは、プラスもマイナスもすべて相続することです。
貴金属を売る、車を名義変更して使う、故人の預金を自分のために使う。こうした行為が「相続を受け入れた」と評価されると、あとから家庭裁判所に申述しても放棄が認められないおそれが出てきます。
しかも、この規定は放棄の前だけの話ではありません。同じ条文には、放棄をした後であっても、相続財産を隠したり、勝手に使ったりしたときは単純承認とみなすという定めもあります(民法921条3号)。
放棄が受理されたからもう自由に処分してよい、とはなりません。
一方で、民法は、相続の承認や放棄をする前に相続財産を調査できることも明記しています(民法915条2項)。通帳や郵便物、督促状を確認して財産と借金の全体像をつかむことは、放棄を判断するために必要な作業であり、ためらう必要はありません。
相続放棄までの安全な進め方
遺品整理との関係を踏まえると、進め方は次の6ステップに整理できます。
-
遺品には手を付けず、書類だけ確保する
財産価値のあるものの処分・売却・持ち帰りを止め、通帳・契約書・督促状などの書類を集めます。
同居の家族にも「処分は待つ」を共有しておきます。
-
財産と借金を調べる
通帳・郵便物・ローン明細から全体像を把握します。調査は放棄の妨げになりません(民法915条2項)。
-
相続放棄するか決める
プラスの財産とマイナスの財産を比べて判断します。期限は知った時から3か月です。
期限内に判断がつかないときは、家庭裁判所に期間の伸長を申し立てる方法があります。
-
家庭裁判所に申述する
亡くなった方の最後の住所地の家庭裁判所に、申述書と戸籍などの書類を提出します。
-
受理されたら、占有している遺品を保存する
手元にある(現に占有している)遺品は、引き渡すまで自分の財産と同じ注意で保存します(民法940条)。
-
相続人か相続財産清算人へ引き渡す
次順位の相続人か、全員が放棄した場合は相続財産清算人に引き渡して、役割が終わります。
相続放棄の申述先は、亡くなった方の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。費用は申述人1人につき収入印紙800円分と、連絡用の郵便切手です。
書類は相続放棄の申述書のほか、亡くなった方の住民票除票(または戸籍附票)、申述する方の戸籍謄本などが必要になります。必要な戸籍は故人との関係によって変わるため、詳しくは裁判所のサイトや申述先の家庭裁判所で確認してください。
なお、亡くなってからだいぶ経って督促状が届き、初めて借金を知ったというケースでは、3か月の数え方(起算点)自体が問題になります。期限を過ぎたと自己判断で諦めず、弁護士や司法書士に相談してください。
捨ててよいもの・いけないものの線引き
相続放棄を考えている間の遺品は、大きく4つに分けて考えると迷いにくくなります。
手を付けないもの
現金・通帳・貴金属・美術品・ブランド品・車など財産価値のあるもの。処分・売却・持ち帰り・名義変更は待ちます。
保管して調べるもの
通帳・請求書・督促状・契約書などの書類。財産と借金の調査は認められています(民法915条2項)。
処理してよいと考えられる範囲
生ごみ・腐敗する食品など。現状を保つための最小限の処理は保存行為の範囲と考えられています。
判断に迷うもの
形見・写真・位牌・仏壇など。多くは引き取れると考えられていますが、価値のあるものは専門家に確認します。
民法921条には、処分をすると単純承認とみなすという原則の例外として、保存行為はこの限りでないという定めがあります。保存行為とは、財産の現状を維持するための行為を指します。腐敗する食品の処理や、雨漏りの応急修繕のようなものが典型です。
問題は、どこまでが保存行為かの線引きが、最終的には個別の判断になることです。
あわせて知っておきたい条文があります。判断を決めるまでの間、相続人には相続財産を管理する義務があります(民法918条)。自分の財産に対するのと同じ注意をもって管理する、という定めで、承認か放棄をした時点で終わります(同条ただし書)。
つまり3か月は「何もしない期間」ではなく「減らさないように保つ期間」です。放置してよいわけではない、という側の根拠にもなります。
品目ごとの考え方を一覧にまとめます。
| 品目 | 放棄を考えている間の扱い | 考え方 |
|---|---|---|
| 現金・通帳・印鑑・キャッシュカード | 手を付けず保管 | 相続財産そのもの。使えば処分と評価されるおそれ |
| 貴金属・美術品・高級時計・ブランド品 | 処分・売却・持ち帰りを避ける | 財産価値があり、単純承認とみなされるおそれ |
| 車・バイク | 名義変更・売却・使用を避ける | 財産価値がある。名義変更は処分と評価され得る |
| 請求書・督促状・契約書類 | 保管して調査に使う | 調査は認められている(民法915条2項) |
| 生ごみ・腐敗する食品 | 処理してよいと考えられている | 現状を保つための保存行為の範囲 |
| 明らかに価値のない生活用品 | 慎重に。迷ったら残す | 一般に問題ないと考えられているが、線引きは個別判断 |
| 写真・手紙・日記 | 保管・引き取りは通常問題ないと考えられている | 財産価値がないことが多い |
| 位牌・仏壇・遺影 | 引き取り可と考えられている | 祭祀財産は相続財産と別枠(民法897条) |
| 賃貸の解約書類 | 署名しない | 契約上の地位も相続財産。処分と評価されるおそれ |
「明らかに価値のない生活用品」の扱いには幅があります。使い古した衣類や日用品の処分は一般に問題ないと考えられていますが、骨董品や趣味の収集品のように、素人目には価値が分かりにくいものもあります。
買取業者の査定を受けて価値を確かめること自体は、処分にはあたらないと一般に説明されます。ただしそのまま売却すれば処分です。放棄の判断が出るまでは、査定を受けるかどうかも含めて弁護士や司法書士に確認してください。
放棄を考えている間は、「迷ったら捨てない・売らない」を原則にし、線引きに自信が持てないものは弁護士や司法書士に確認してください。
相続する方針が固まったあとの売却の進め方は、遺品整理の買取ガイドで解説しています。売り先の選び方、古物商許可の確認、査定の受け方を扱っています。
お金と契約には手をつけない
物の線引きと並んで、もう一つ危ういものがあります。お金と契約です。物は「捨てなければいい」で止められますが、お金と契約は手続きが進むと元に戻せません。
| よくある行為 | なぜ危ないか | 代わりにどうするか |
|---|---|---|
| 故人の口座から預金を引き出す | 相続財産そのものを使うことになり、処分と評価されるおそれ | 引き出さない。残高照会や取引履歴の取得は調査の範囲(民法915条2項) |
| 口座の解約・名義変更 | 同上 | 手続きをしない |
| 故人の口座から入院費や医療費を払う | 相続財産から債務を弁済する行為にあたり、処分と評価されるおそれ | 自分の財産から立て替え、領収書を残す |
| 故人の口座から借金や税金を払う | 同上 | 支払わない。督促には放棄を検討中だと伝える |
| 携帯電話などの契約を解約する | 契約上の地位も相続財産。解約が処分と評価される余地がある | 放棄が受理されるまで待つか、専門家に確認する |
| 故人がお金を貸していた相手に返済を求める | 債権という相続財産を行使したことになる | 請求しない |
| 遺産分割協議に参加して取り分を決める | 相続人として権利を行使したことになる | 参加しない。声がかかったら放棄を検討中だと伝える |
この表の行為は、どれも遺族が「片付けの一環」「当然やるべきこと」と思ってやってしまうものばかりです。督促状が届けば払わなければと思いますし、携帯電話は放っておけば料金がかさみます。
それでも、放棄を考えているあいだは故人名義のお金と契約に触れないのが原則です。支払いは自分の財布から出して領収書を残す。この一点を守るだけで、多くの場面を安全に通れます。
一度出した放棄は取り下げられない
家庭裁判所に申述して受理された相続放棄は、熟慮期間の3か月がまだ残っていても撤回できません(民法919条1項)。あとから資産が見つかっても、やり直しはききません。
「とりあえず放棄しておく」という決め方をしないでください。財産と借金をひととおり調べたうえで判断してください。
取消しを申し立てられる余地は残ります。ただし条文が認めるのは、民法の総則編・親族編に定めのある事情があるときです(同条2項)。だまされた、脅されたという場合のほか、思い違い(錯誤)、本人が未成年者・成年被後見人・被保佐人であった場合などがこれにあたります。
相続の承認や放棄は、保佐人の同意を要する行為として条文に名指しされています(民法13条1項6号)。同意を得ずにした放棄は取り消せます(同条4項)。
いずれも家庭裁判所への申述が必要で(919条4項)、追認できる時から6か月、放棄の時から10年で権利は消えます(同条3項)。あてはまるかは個別の判断になるため、弁護士に確認してください。
孤独死の現場で、相続放棄を検討している場合
ここまでの原則は「迷ったら手を付けない」でした。しかし、待つことで状況が悪化する場面があります。孤独死で発見が遅れた現場です。
この場合、放置すれば体液や臭気が床材や壁の内部へ進みます。当社が扱う現場でも、時間の経過とともに処置の範囲が広がり、床や壁の下地まで解体が必要になることがあります。何もしないことが、状況を守ることにならない場面です。
それでも、着手の前に弁護士や司法書士へ連絡を入れてください。 急ぐ場面ですが、ここでの判断は放棄の可否に直結します。以下は判断材料であって、この記事だけで進めてよいという意味ではありません。
判断の起点になるのは、先ほどの保存行為の考え方です。ただし、あてはまり方は物件によって違います。
民法921条1号が処分の対象としているのは「相続財産」です。ただし書のうち保存行為も、相続財産についての行為を指します。
持ち家であれば建物そのものが相続財産なので、汚損の進行を止める処置は、財産の現状を維持する方向の行為として説明できる余地があります。ただし床や壁の下地まで解体するような範囲になると、現状の維持を超えるおそれがあり、同じ説明では通りません。
賃貸の場合はもう一段ややこしくなります。居室は大家の所有物であって相続財産ではないため、ただし書の保存行為がそのまま当てはまるとは限りません。原状回復義務という故人の債務が膨らむのを抑える、という説明はできますが、それが処分にあたらないと確約するものではありません。
線引きが条文から一義的に決まらない領域です。だからこそ、着手前の確認が要ります。
作業を2つに分けて考える
実務では、現場でやることを分けて段取りします。
先に行うのは、汚損の進行を止める処置です。消臭、汚損箇所の処置、害虫対策がこれにあたります。
判断が出てから行うのが、家財の搬出と処分です。家具や家電を運び出す、衣類を処分する、貴重品を持ち出すといった作業は、財産の処分と評価されるおそれがあります。
この切り分けは、後述する「業者に頼むときの注意」の例外にあたります。通常は放棄の判断が出てから依頼しますが、汚損が進む現場では処置だけ先行させる段取りになります。
費用を誰の財布から出すか
見落とされやすいのが、支払いの出どころです。
特殊清掃の費用を故人の預金から払うと、相続財産を使ったことになり、処分にあたるおそれがあります。自分の財布から立て替えて、領収書を残してください。
相続放棄をした場合、立て替えた費用を誰にどう請求できるかは事案によって変わります。放棄を依頼する専門家に、支払い前の段階で相談しておくと安全です。
賃貸なら、大家・管理会社への連絡を先に
物件が賃貸なら、放置している間も損害が広がります。原状回復の範囲が広がり、金額も上がります。
相続放棄を検討していることを早めに伝えてください。連絡がないまま時間が過ぎると、大家や管理会社の側も次の手を打てません。大家・管理会社の側から見た手順は残置物とは何かで扱っています。
急を要する場面ほど、自己判断で動きたくなります。ただし、ここでの判断は放棄の可否に直結します。処置に着手する前に、弁護士や司法書士へ連絡を入れてください。
3か月のあいだ、いつ何をするのか
「手を付けるな」と言われても、期限は進みます。何もしない期間ではありません。実際には、やることが決まっています。
最初にやるのは調査です。通帳、請求書、督促状、契約書類を確認して、借金と財産を把握します。これは民法915条2項が認めています。家に入って中身を確かめること自体は、処分ではありません。
孤独死で汚損が進んでいる場合は、この段階で処置を先に行います。前述のとおり、汚損を止める処置と家財の搬出は分けて考えます。
次が判断です。3か月で調べきれないと分かったら、期限が来る前に家庭裁判所へ期間の伸長を申し立てます。ここで動かずに期限を過ぎるのが、最も避けたい展開です。
放棄すると決めたら申述し、受理された後に遺品の引き渡し先を専門家と確認します。放棄しないと決めたら、そこから通常の遺品整理に進めます。売却もできるようになります。
相続放棄をしたら、片付けの費用は誰が払うのか
相続放棄を考える理由の多くは、借金です。そこに片付けや原状回復の費用が上乗せされるのか、という不安は当然のものです。
結論から言うと、相続放棄が有効に成立すれば、故人が負っていた債務は承継しません。賃貸物件の原状回復義務も、故人の契約上の義務なので同じです。
ただし受理は終わりではありません。受理された後でも、相続財産を隠したり勝手に使ったりすると単純承認とみなされます(民法921条3号)。放棄したから自由に処分してよい、とはならない点は前述のとおりです。
この3号には終わりも定められています。放棄によって相続人になった人が相続を承認したあとは、適用されません(同号ただし書)。次の順位の相続人が引き受けた時点で、この縛りは解けます。
ただし、次の2つは別に考える必要があります。
連帯保証人になっている場合
あなた自身が賃貸借契約の連帯保証人になっていた場合、保証人としての支払い義務は自分自身の債務です。相続放棄をしてもなくなりません。
親の賃貸契約で子が連帯保証人になっているケースは珍しくありません。契約書を確認してください。
ただし「連帯保証人だから全額を負う」とも限りません。
2020年4月以降に結んだ、または合意更新した契約では、個人が保証人になる場合に極度額の定めがないと効力を生じません。それ以前の契約は極度額がなくても有効です。
入居者の死亡で元本が確定するという論点もあり、どこまで負うかは個別の判断になります。詳しくは残置物撤去の費用と「誰が払う」で扱っています。
立て替えた費用
孤独死の現場で先に処置を行い、その費用を自分の財布から立て替えた場合、その分を誰にどう請求できるかは事案によって変わります。
相続財産清算人が選任されれば、相続財産の中から精算される場合があります。ただし相続財産が乏しければ回収できないこともあります。支払いの前に、放棄を依頼する専門家へ相談してください。
金額の目安
孤独死の場合、どの程度の金額になるのかを知っておくと判断しやすくなります。
日本少額短期保険協会 孤独死対策委員会の「第10回 孤独死現状レポート」によると、原状回復費用の平均損害額は、2015年4月からの累積で494,344円、平均支払保険金は315,510円でした。
2024年度の単年では、平均損害額610,507円に対し平均支払保険金315,020円です。
遺品整理(残置物処理)の費用は別に集計されています。累積で平均損害額294,131円、単年で266,265円。同レポートは、原状回復・遺品整理・家賃保証の3つを合わせた平均損害額が100万円を超えると述べています。
損害額と支払保険金の差は、保険で埋まらない部分として残ります。誰が最終的に負担するかは、相続財産の状況や保証人の有無によって変わります。
この集計の対象は、孤独死保険に加入している被保険者と入居者です(異常値は除外)。すべての孤独死の平均ではなく、賃貸で保険が使われた事案の数字である点に注意してください。
費用の内訳や、誰がどこまで負担するかのケース別の整理は残置物撤去の費用と「誰が払う」で扱っています。
形見分けと位牌・仏壇はどうする
四十九日の前後で親族が集まると、形見分けの話が出ます。相続放棄を考えている場合、ここにも注意が必要です。
写真や手紙、使い古した愛用品のように、財産価値のほとんどない品を近親者で分ける慣習的な範囲の形見分けは、相続財産の処分にあたらないと考えられています。思い出の品まで一切触れないと構える必要はありません。
一方、貴金属・美術品・高級時計・着物のように市場価値のあるものは、形見分けという名目でも、受け取れば相続財産の処分や持ち帰りと評価されるおそれがあります。
親族から勧められても、放棄の判断が出るまでは受け取りを保留してください。断りにくい場面では「相続放棄を検討しているので、いまは受け取れない」と伝えるのが、最も角の立たない答え方です。
位牌・仏壇・お墓については、心配しすぎなくて大丈夫です。これらは祭祀財産と呼ばれ、民法897条により、相続財産とは別の決まりで受け継がれます。
承継者は、故人の指定があればその人です。指定がなければ慣習に従い、慣習が明らかでない場合は家庭裁判所が定めます。
相続放棄をしても、位牌や仏壇を引き取って供養を続けること自体は、放棄の妨げにならないと考えられています。
ただし、金製の仏具のように財産価値の高いものが含まれる場合は線引きが難しくなるため、専門家に確認すると安心です。
賃貸に住んでいた場合:退去期限と大家対応
相続放棄と遺品整理の板挟みが最も厳しいのが、故人が賃貸住宅に住んでいたケースです。大家さんや管理会社からは「家賃がかかるので早く部屋を空けてほしい」と求められ、一方で民法上は家財(残置物)を勝手に処分できない。この間で立ち往生する方が少なくありません。
対応の軸は3つです。
1つめは、相続放棄を検討していることを早めに伝えることです。
大家さん側も、相続人が決まらないまま無断で残置物を処分すればトラブルになることは理解しています。事情を伝えれば、多くの場合は手続きの見通しを共有したうえでの相談になります。連絡を絶って放置するのが、お互いにとって最も悪い展開です。
2つめは、急かされても自己判断で動かないことです。
賃貸借契約における借主の地位も相続財産にあたります。解約の書類に署名する、部屋の家財を搬出して処分する、敷金の精算に応じるといった行為は、相続財産の処分と評価されるおそれがあります。
大家さんから解約書類やサインを求められたら、応じる前に弁護士・司法書士に確認してください。鍵の返却や家財の引き渡しのような一見小さな対応も、迷ったらその都度確認するのが安全です。
3つめは、家賃の支払いに注意することです。故人の預金から家賃を払うのは、相続財産の処分にあたるおそれがあるため避けてください。
また、あなた自身が賃貸借契約の連帯保証人になっていた場合、保証人としての支払い義務は自分自身の債務です。相続放棄をしてもなくなりません。この場合は損得の計算が複雑になるため、専門家への相談を強くおすすめします。
放棄が受理された後の残置物は、次の順位の相続人が引き取り先になります。全員が放棄した場合は相続財産清算人です。
放棄した人が大家さんに家財を引き渡してよいかは、事情によって扱いが分かれ得ます。独断で渡さず、事前に専門家へ確認してください。
なお、大家・管理会社の側から見た残置物の扱いは、残置物とは何かと残置物撤去の費用と「誰が払う」で解説しています。
相続放棄したあとの遺品:保存義務と「誰が片付けるか」
相続放棄が受理されると、その相続に関しては初めから相続人でなかったものとみなされます(民法939条)。
相続権は次の順位の親族へ移っていきます。子、父母などの直系尊属、兄弟姉妹の順です。なお配偶者がいる場合、配偶者は常に相続人になります(民法890条)。放棄をしたら次に相続人になる親族へ一報を入れておくと、督促状が突然届いて驚かせる事態を防げます。
では、残された遺品は誰が管理するのか。ここは2023年(令和5年)4月1日に施行された改正民法で、ルールが明確になったところです。
現在の民法940条は、相続放棄をした人が放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときの義務を定めています。相続人または相続財産清算人に引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければなりません。
ポイントは、「現に占有しているとき」に限られることです。
故人と同居していて家財が手元にある場合は保存義務を負います。一方、遠方に住んでいて物件に出入りしておらず、鍵も管理していない場合は、義務を負わないと考えられます。
ただし条文は「現に占有しているとき」と定めるだけで、占有かどうかの判定基準までは置いていません。鍵を預かっている、室内に自分の荷物があるといった場合は占有者と判断される余地があり、個別の判断になります。
改正前の条文は、放棄によって相続人となった人が管理を始められるまで管理を継続する、という書き方でした。義務が生じる条件や内容があいまいなまま、放棄したのに過大な負担を求められるケースがあると指摘されていました。
法務省の改正資料でも「管理義務の明確化」が見直しの項目として挙げられています。
古い解説記事には、改正前の説明のまま残っているものもあります。いま調べるなら、現行のルールで確認してください。
ただし「相続財産の管理人」という言葉が出てきたら、すべて古い記述とは限りません。2023年の改正で新設された民法897条の2は、相続財産の保存に必要な処分として、家庭裁判所が相続財産の管理人を選任できると定めています。952条の清算人とは別の制度です。
全員が相続放棄をして相続人がいなくなった場合の制度もあります。大家さんや債権者などの利害関係人の申立てにより、家庭裁判所が相続財産清算人を選任し、財産の清算を進めます(民法951条・952条)。
ただし申立てには費用がかかります。収入印紙と官報公告の費用に加え、相続財産に見合う費用が見込めない場合は予納金の納付を求められることがあります。
占有している遺品の保存義務は、相続人か清算人に引き渡した時点で終わります。誰にいつ引き渡すかの段取りは事案ごとに異なるため、放棄の手続きを依頼した専門家にあわせて相談しておくとスムーズです。
実家が空き家として残るケースでは、占有していなければ法律上の保存義務はないものの、雑草や老朽化をめぐる近隣との関係など、事実上の悩みが残ることがあります。管理の負担をどうするかも含めて、相続財産清算人の申立てを検討する材料になります。
やってしまいがちなNGと、すでに手を付けてしまったとき
遺品整理の現場で見かける、相続放棄との関係で危ういパターンを挙げます。
- 放棄を決める前に、遺品整理業者に依頼して家財を一括処分してしまった
- 形見分けのつもりで、貴金属や高級時計を持ち帰った
- 故人の預金を葬儀費用や家賃の支払いに充ててしまった
- 車を自分名義に変更して使い始めた
- 賃貸の解約書類に署名し、敷金の精算まで済ませた
このうち葬儀費用をどこから支払うかは、金額や事情によって評価が分かれやすい論点です。墓石や仏具の購入も、同じく評価が分かれる論点です。葬儀と違って時期も金額も選べるぶん、判断が厳しく見られることもあります。
放棄を考えているなら、これらは自分の財産から支払い、領収書を残しておくのが安全です。故人の預金から支払ってしまった場合は、その後の対応を専門家に確認してください。
すでに遺品の一部を処分してしまった場合でも、諦めるのはまだ早いことがあります。処分にあたるかどうかは、対象の財産価値や行為の内容・程度によって評価が分かれるためです。
自己判断で「もう放棄できない」と結論を出さないでください。逆に「これくらい大丈夫」と片付けを続けるのも避けてください。現状をそのままにして、できるだけ早く弁護士に相談することをおすすめします。
放棄以外の選択肢もある
借金があるかはっきりせず、家や思い出の品はできれば残したい。そんなときは限定承認という方法もあります。相続財産の範囲内でだけ債務を引き受ける形で、清算して財産が残ればそれを受け取れます。
ただし相続人全員がそろって申述する必要があり、手続きは放棄より重くなります。3か月の期限は同じなので、検討するなら早い段階で弁護士か司法書士に相談してください。
遺品整理業者に頼むときの注意
相続放棄を考えている場合、遺品整理業者への依頼はタイミングと伝え方がすべてです。
作業の依頼は、放棄するかどうかの判断が出てからにしてください。判断前に依頼するなら、見積もりまでです。
ただし孤独死で汚損が進んでいる場合は例外があります。汚損を止める処置と家財の搬出は分けて考えるのが実務です。この場合の判断は前述の孤独死の現場の節で扱っていますが、いずれにせよ着手前に弁護士や司法書士へ確認してください。
部屋を見てもらい、見積もりを取って費用感を把握すること自体は、遺品の処分にはあたりません。賃貸の退去期限が気になるケースでも、先に見積もりだけ済ませておけば、放棄の判断が出た後すぐに動けます。
ただし放棄した場合は、誰が作業を依頼するか、遺品をどこへ引き渡すかを、放棄の手続きを依頼した専門家に確認してから進めてください。
間取りごとの費用の目安は遺品整理の費用相場で、おおよその概算は料金シミュレーターで確認できます。
依頼するときは、相続放棄を検討中である(または放棄した)ことを必ず業者に伝えてください。
信頼できる業者であれば、処分してよいもの・残すものの線引きを書面で確認し、貴重品が出てきたときの扱いを決めてから作業に入ります。
国民生活センターの発表によると、遺品整理サービスについて「処分しないようにと頼んだ物を勝手に処分された」という相談が、全国の消費生活センター等に寄せられています。
通常の遺品整理でも困る事態ですが、相続放棄の場面では、勝手な処分が放棄の可否に関わる深刻な問題になりかねません。
残す物のリストを書面で交わし、その場で契約を急かす業者を避ける。この基本を徹底してください。見積書の見方や業者の見極めは遺品整理業者選びのチェックリストにまとめています。
なお、遺品整理をいつから始めるかの一般的な考え方は遺品整理はいつから始めるかで扱っています。葬儀後の手続き全体の流れは葬儀後の手続き一覧で整理しています。
相続放棄をしない場合の通常の進め方は、そちらを参照してください。
迷ったら、期限のあるうちに専門家へ
相続放棄には3か月という期限があり、遺品の扱い一つで結果が左右され得ます。次のような状況が1つでもあれば、遺品に手を付ける前に、弁護士または司法書士に相談してください。
- 借金の全体像がつかめない。督促状や見慣れない請求書が届いている
- 賃貸の大家さんから退去や解約への対応を迫られている
- 親族から形見分けや家財の処分を急かされている
- 3か月の期限が近い。または過ぎてから借金を知った
- すでに遺品の一部を処分・持ち帰りしてしまった
弁護士・司法書士の探し方が分からない場合は、法テラスや自治体の無料法律相談も入り口になります。この記事は一般的な考え方を整理したもので、個別の事情によって結論は変わります。あなたのケースでどうなるかは、必ず専門家に確認してください。
まとめ
- 相続放棄を考えているなら、財産価値のある遺品の処分・売却・持ち帰りは受理まで待つのが原則です。処分すると単純承認とみなされ、放棄が認められなくなるおそれがあります(民法921条)。放棄後の隠匿・消費も同様です。
- 財産と借金の調査は認められています(民法915条2項)。書類を確保し、全体像をつかんでから判断してください。期限は知った時から3か月で、家庭裁判所への伸長申立てや、起算点の考え方で救済され得るケースもあります。
- 腐敗するごみの処理は保存行為の範囲と考えられていますが、「価値がなさそう」の自己判断は危険です。迷ったら捨てない・売らないを原則にしてください。
- 形見分けは、財産価値のほとんどない品の慣習的な範囲にとどめます。位牌・仏壇は祭祀財産(民法897条)で、引き取りは放棄の妨げにならないと考えられています。
- 賃貸では、放棄検討中であることを大家さんに早めに伝え、解約書類への署名や家財の搬出は専門家に確認してから動きます。連帯保証人の義務は放棄では消えません。
- 放棄後は、現に占有している遺品に限り、相続人か相続財産清算人へ引き渡すまで保存義務があります(民法940条・2023年4月施行の改正で明確化)。
- 業者への作業依頼は判断が出てから。見積もりで費用感を先に把握し、放棄検討中であることを必ず伝えてください。
参考にした法令・資料(6件)
- 日本少額短期保険協会 孤独死対策委員会「第10回 孤独死現状レポート」(2025年12月公表)(2026-08-07確認。原状回復費用は累積で平均損害額494,344円・平均支払保険金315,510円、2024年度単年で平均損害額610,507円・平均支払保険金315,020円。遺品整理(残置物処理)費用は累積294,131円・単年266,265円。原状回復・遺品整理・家賃保証の3費目を合わせた平均損害額は100万円超。対象は孤独死保険の被保険者および入居者、期間は2015年4月から2025年3月まで、異常値は除く)
- e-Gov法令検索「民法」(2026-09-05確認。第890条=配偶者の相続権、第897条=祭祀に関する権利の承継、第915条第1項=熟慮期間・同条第2項=相続財産の調査、第897条の2=相続財産の保存に必要な処分として家庭裁判所が相続財産の管理人を選任できる(第952条の清算人とは別の制度)、第918条=承認または放棄をするまでの間、相続人は固有財産におけるのと同一の注意をもって相続財産を管理する義務を負う、第919条第1項=承認および放棄は熟慮期間内でも撤回できない・同条第2項=総則編および親族編の規定による取消しは妨げない(第13条第1項第6号は相続の承認・放棄を保佐人の同意を要する行為とし、同条第4項で取消しを認める。第864条・第865条は後見監督人の同意を欠く場合の取消し)・同条第3項=追認できる時から6か月および放棄の時から10年の期間制限・同条第4項=家庭裁判所への申述、第921条=法定単純承認。第1号ただし書により保存行為と民法第602条の期間を超えない賃貸は除かれ、第3号ただし書により、放棄によって相続人となった者が承認した後は第3号の適用がない、第938条=相続放棄は家庭裁判所への申述による、第939条=放棄した者は初めから相続人でなかったものとみなす、第940条=放棄の時に現に占有している財産の保存義務、第951条・第952条=相続財産法人と相続財産清算人)
- 裁判所「相続の放棄の申述」
- 法務省「所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し(民法・不動産登記法等一部改正法・相続土地国庫帰属法)」
- 法務省「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント」(相続の放棄をした者の管理義務の明確化・施行日)
- 国民生活センター「こんなはずじゃなかった!遺品整理サービスでの契約トラブル」(2018年7月19日公表。相談件数は2013年度から2018年度の集計)
